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岐阜地方裁判所 昭和51年(ワ)550号 判決

原告 松井敏憲

〈ほか一一名〉

以上一二名訴訟代理人弁護士 野呂汎

同 野間美喜子

被告 土岐市

右代表者市長 塚本保夫

右訴訟代理人弁護士 古井戸義雄

同 村瀬尚男

同 村橋志

同 小出正夫

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、別紙物件目録記載の土地に、下水道終末処理場を建設してはならない。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

(一) 被告は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件予定地」という)に、下水道終末処理場(以下「本件処理場」という)の建設を計画し、現にこれを建設中の者である。

(二) 原告らは、それぞれ、別表1ないし3記載のとおり、本件処理場の建設計画以前から、本件予定地に近接する同表「換地前土地」欄記載の該当土地を所有し、かつ、同表「住所」欄記載の該当住所地に居住していた者であって、土岐口区画整理組合から、前記「換地前土地」欄記載の該当土地に対して同表「換地後土地」欄記載のとおりの該当土地を換地として指定する旨の処分を受けた者である。(なお、原告らは、右換地指定処分につき、現在、岐阜県知事上松陽助に対し、審査請求中である。)

2  (本件処理場建設の違法性)

(一) 建設計画の概要

被告(土岐市)が樹立した本件処理場の建設計画によれば、同処理場は、土岐市の市街化区域約一六八四ヘクタールを処理区域とする終末処理場であって、右区域に居住する市民約七万四〇〇〇人のし尿及び生活排水並びに右区域内の工場排水一日平均四万三六〇〇立方メートル、一日最大約五万二八〇〇立方メートルを集収し、処理した後、その処理水を土岐川に放流する、というものである。

(二) 本件処理場建設に伴う公害発生の蓋然性

我国における下水道終末処理場技術は、未だ極めて不完全であり、既設の下水道終末処理場においては、汚水処理に伴う悪臭の発生、不完全な浄化による汚水の河川への放流、処理場内に設置されるポンプ、ブロア、エアレーダーなどのターボ機械、その他の機器類から生ずる騒音・振動など多様な公害が発生しており、本件処理場においても同種の公害の発生が高度の蓋然性をもって予想される。特に、本件処理場においては、生活排水とともに工場排水をも処理することが計画されているのであるが、工場排水中の無機性排水は、そもそもその性質上、活性汚泥によって代謝できないばかりでなく、工場排水中には、その他活性汚泥の代謝機能を障害、低下させるような物質が少なからず含有されているために、工場排水による本件処理場の処理能力の低下が危惧されるところである。

右のような状況で公害が発生すれば、本件予定地の周囲の環境が著しく悪化することは明らかであるし、前記のとおり、いずれも本件予定地に近接して住居を有する原告松井敏憲、同政江、同奈保子、同佐希子(以下、以上の四原告を「原告松井ら」と総称する)、同池戸昭二、同文江、同志穂、同徳仁、同真弓、同英樹、同由美(以下、以上の七原告を「原告池戸ら」と総称する。)に、その健康を損い、日常生活を困難ならしめるなどの複合的被害を及ぼすこともまた明らかである。そして、ひいては、前記のとおり、原告松井ら、原告池戸昭二及び原告土本森重が本件予定地に近接して各所有する土地の価格も著しく下落することが予想されるのである。

(三) 本件処理場建設に伴う水害発生の蓋然性

更に、本件予定地に近接する土岐川と妻木川との合流点においては、従来から、土岐川の増水時に妻木川の土岐川への流入が妨げられるために、妻木川に滞留、逆流を生じ、その結果、妻木川支流の前野川が溢水するという事態がしばしば経験されてきた。こうした際に、本件予定地は、これが周囲の土地に比較してやや低地となっていたためいわば、ため池となって、原告松井ら、同池戸昭二及び同土本の各所有土地を冠水から守る役割を果たしてきた。

しかるに、被告は、本件処理場建設に際し、本件予定地に約二メートルの土盛工事の実施を計画しているため、該計画にかかる工事が実施された暁には、右のような前野川の溢水時は勿論のこと、同河川が溢水するまでに至らなくても、付近等に降水量の多い時には、右原告らの各所有土地が冠水などの被害を被る危険性が極めて大きくなるものといわなければならない。

(四) 本件予定地選択の不当性

本件予定地は、現在すでに土岐市の市街地であり、近い将来一層密集した市街地の形成が予定されている地域である。かかる市街地に下水道終末処理場を建設すること自体すでに合理性を欠くものであることが明らかであるばかりでなく、本件予定地の北西約一・五キロメートルのところには、土岐口財産区所有の山林(約三〇万坪)があって、右山林が市街地とも隔絶していることを考慮すれば、ここに下水道終末処理施設を建設することの方がより適切かつ合理的であることは明らかである。

(五) アセスメント手続の欠如

下水道終末処理場は、その事業の性質上、当然に周囲の環境に大きな影響を及ぼすことの予想される施設であるから、被告は、本件処理場建設に先立ち、本件処理場が稼働するに至った場合における各悪臭物質の発生状況、処理対象汚水の水質分析のうえに立脚した処理水放流による河川の水質に与える影響、処理場内に設置される前記ターボ機械などの種類、数、設置場所の特定をしたうえでの騒音・振動の発生状況をそれぞれ予測、検討し、かつ、その防止策を明らかにし、更に、本件処理場の汚水処理機能に異常が生じ、あるいは、前記のような前野川の氾濫、洪水等の災害が生じた場合の安全性の有無・程度とその対策を検討するなどの、いわゆる環境影響事前評価(以下「アセスメント」という。)を実施し、加えて、代替地の検討、損失補償等を行い、関係住民の理解と協力を得る義務がある。しかるに、被告は、原告ら本件予定地周辺に土地を所有しあるいは居住する住民に対し、かかるアセスメント手続を行わず、その理解と協力を得ることもないまま、強引かつ一方的に本件処理場の建設に着手するに至ったものである。

3  (本件差止請求の法的根拠)

原告らは、環境権、人格権及び土地所有権に基づき、被告に対して本件処理場の建設差止めを求めるものであるが、本件処理場の事業主体である被告が、前項(五)記載のようにアセスメント手続を履践していない以上、原告らとしては、本訴請求を維持するために、右各権利につき、一般的・抽象的に被害発生の蓋然性があること並びに被告が所定のアセスメント手続を怠っている事実を主張・立証すれば足り、これに対して、被告において、本件処理場の建設・稼働によって、原告らにその受忍限度を超えるような被害を与えることはあり得ないと断言できるに足りるだけの対策がある旨の主張・立証を尽くさない限り、本件処理場が建設されれば、そのことによって、ただちに、原告らにその受忍限度を超えるような被害を生ずることが推認され、したがって、原告らの被告に対する右建設の差止請求が許容されると解すべきである。

4  よって、原告松井ら及び同池戸昭二は、人格権、環境権及び土地所有権に基づき、また、同池戸ら(但し、同池戸昭二を除く。)は、人格権、環境権に基づき、同土本は、土地所有権に基づき、それぞれ本件処理場の建設差止めを請求する。

二  請求原因に対する認否並びに被告の主張

1  請求原因1の(一)、(二)の事実は、いずれも認める。

2(一)  同2の(一)の事実は認める。もっとも、本件処理場がその処理計画の対象としている工場排水は、窯業を中心とする事業場で、かつ、一日の排出量が一〇立方メートル以下の小工場からの排水に限定され、しかも、これが全処理計画対象汚水に占める割合は、約二割程度にすぎない。

(二) 同(二)の事実は否認する。

本件処理場の建設にあたっては、最新技術を駆使したほとんど完璧ともいうべき公害対策が施されるので、原告らの指摘するような公害の発生はないものと予想される。すなわち、

(1) 水質保全

本件処理場においては、雨水管によって集収される雨水については浄化処理をしないでそのままこれを土岐川に放流し、汚水管によって集収される汚水についてのみこれに浄化処理を施す分流方式を採用することによって、その処理能力の効率化を図るとともに、その浄化処理の方法としては、現在最も有効と認められている活性汚泥方式を採用している。この活性汚泥方式による浄化処理により、概ね九〇パーセントの浄化率が見込まれ、土岐川に放出される処理水は、そのBOD(生物化学的酸素要求量)が一リットル当り約一一ミリグラム、また、そのSS(浮遊物質量)が、一リットル当り一四ミリグラムないし一五ミリグラムとなることが予想されている。右BOD及びSSの数値は、いずれも水質汚濁防止法に基づく同法施行令並びに同法に基づき排水基準を定める岐阜県条令の定める基準に適合するものである。そして、本件処理場建設により、従来未処理のまま土岐川に放流されてきた汚水のうちの約九〇パーセントについて浄化処理が施されることとなる結果、土岐川の水質が、現在よりも相当改善されることとなるのは明らかである。

なお、原告らは、工場排水を処理対象とすると、そのことによって、本件処理場の全体としての下水処理能力が障害され又は低下するに至る旨を主張するが、前記のとおり、本件処理場が処理対象とする工場排水は、窯業を中心とする事業場で、かつ、一日の排出量が一〇立方メートル以下の小工業排水に限定されているのに加え、活性汚泥による処理前の段階で沈澱池を通過させることによって、混合有害物質を沈下、除去できるのであるから、右工場排水を生活排水とともに処理することに特段の問題はないものというべきである。

(2) 悪臭防止対策

汚水処理の過程で若干の悪臭が発生することは不可避というべきであろうが、本件処理場においては、悪臭の発生することの予想される諸設備がすべて覆蓋されているので、臭気が本件処理場外に漏れる危険性は少ないうえ、これら悪臭の発生が予想されるすべての諸設備に付置されるダクト(排気管)の吸引ファンによって右臭気はことごとく脱臭室に集収され、かつ、右脱臭室内でイオン交換と活性炭の二段脱臭方式によって脱臭された後、大気中に放出される。このような操作が行われるために、本件予定地の隣接地付近において悪臭の影響のあることの可能性は皆無となるであろうことが予想される。

(3) 騒音防止対策

騒音発生源となる機械設備を一箇所に集中させ、かつ、これを十分な防音効果のある建造物内に格納し、しかも、該建造物を処理場の境界付近に配置しないという方策がとられるので、このことにより、本件予定地の隣接地付近における騒音を、昼間で六〇ホーン、夜間で四五ホーン程度におさえることができる見込みである。

(4) 安全性

本件処理場は、前記のように、雨水処理を排除した分流方式を採用することによって、安定した汚水処理の実現を図るとともに、その中央部分に監視棟を設けることによって、汚水処理状況を監視し、かつ、これを集中的に管理することのできる体制が採られることとなっている。

しかも、各処理系列ごとに更に予備的系列を設け、また停電時に備えて自家発電装置を設置するなど、その安全対策も万全であって、故障、停電等の異常事態のもとにおいても、処理機能が停止することはないであろう。

(三) 同(三)の事実中、これまで、本件予定地が、原告ら主張のように、前野川の氾濫時に事実上ため池としての機能を果たしてきた旨の部分のみは、認めるが、その余の諸点は、否認する。

そもそも、本件予定地付近は、市街化がすすみ、これまでにも、順次田が埋め立てられて宅地化されてきている状況にあり、本件予定地も、前記区画整理組合の整理事業によって、埋め立てられて宅地化されることとなっていた。かような状況にあっては、本件予定地周辺の水害を防止するためには、土岐川、妻木川及び前野川の治水対策を講ずることこそ必要なことであって、現に、土岐川の河川改修、前野川と妻木川の合流点への樋門の設置などの治水事業がすすめられ、右河川の氾濫による水害の発生防止が図られている。

(四) 同(四)の事実中、本件予定地の北西約一・五キロメートルのところに、土岐口財産区所有の山林(約三〇万坪)があることは認めるが、その余の諸点は否認する。

被告は、土岐市の地形に鑑み、自然流下を利用して汚水を集収し、かつ処理水を土岐川に放流し得るような土地に下水道終末処理場を建設することが経済的にも、また爾後の維持管理の面からも合理的であると考え、原告ら主張の右山林をも含めた数ヵ所の候補地につき、右の観点から検討を加えたうえ、結局、本件予定地が最も適切であるとの結論に到達したものである。

(五) 同(五)の事実中、被告が原告ら主張のようなアセスメント手続を履践していないことは認めるが、その余の諸点は否認する。

本件処理場の建設計画が、土岐市市議会において決定された昭和四八年二月当時は、原告ら主張のようなアセスメント制度は未だ確立されておらず、被告が本件処理場の建設計画を決定するに当り、アセスメント手続を履践すべき法的義務は勿論、その慣行もなかったのである。しかし、被告は、右のようにその市議会において本件処理場の建設計画が決定された後、原告らを含む周辺住民に対して、本件処理場の建設計画を示し、彼らとの間にその必要性、公害対策等についての説明をするための会合を重ねるとともに、本件処理場がその模範とする既設の下水道終末処理場の見学会を実施するなど、原告ら周辺住民の理解と協力を得るべく努力を重ねてきたのである。

3  同3、4の主張は争う。

原告らは、下水道終末処理場建設に伴う悪臭、水質汚濁の発生を抽象的に主張するのみで、原告らの被る被害につき何ら具体的な主張・立証を尽くしていない。そうである以上、原告らの本訴請求が失当であることはいうを俟たない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(当事者)の(一)、(二)の各事実は、すべて当事者間に争いがない。

二  本件処理場建設計画の概要

まず被告が本件予定地に建設中の本件処理場の建設計画の概要を検討してみるに、請求原因2の(一)の事実は、当事者間に争いがなく、この争いのない事実と、《証拠省略》を総合すれば、本件処理場は、土岐市の市街化区域全域をその処理計画区域とし、右区域に居住する市民のし尿及び生活排水並びに一日の排水量が一〇立方メートル以下の工場排水の浄化処理を目的とする混合処理方式の下水道終末処理場であって、その計画処理人口は約七万四〇〇〇人、計画汚水量は一日平均約四万三六〇〇立方メートルで、右計画汚水の内工場排水が占める割合は、概ね二割程度になることが見込まれていること、その浄化処理に当っては、汚水管によって収集される汚水のみを対象とし、雨水管によって収集される雨水は浄化処理の対象としない分流方式を採用していること、そして、汚水に対しては、標準活性汚泥方式による浄化処理を施した後、これを土岐川に放流することが計画されていることが認められ、この認定に反する証拠はない。

三  本件処理場の建設に伴う公害発生の蓋然性

1  既設下水道終末処理場における公害発生状況

原告らは、本件処理場が建設された場合、その汚水処理に伴う公害の発生によって、原告らが受忍限度を超える被害を被る蓋然性が極めて高い旨を主張するので、まずこの点について検討する。

なるほど《証拠省略》によれば、既設の下水道終末処理場において、その周辺住民から悪臭の発生、汚水の排出等について苦情が述べられることが少なくなく、本件処理場がその模範としている逗子市浄化管理センター、七里浜水質浄化センターにおいてさえ、その周辺住民からの苦情が皆無ではないこと、また、名古屋市の尾西地方特別都市下水路(以下「尾西特水」という。)においては、活性汚泥による浄化作用が阻害され、汚水の処理が十分に行われず、現に同処理場から日光川に放流される処理水のBOD、SSなどは、いずれも水質汚濁防止法に基づく同法施行令の定める排水基準をはるかに上回っているなど、既設下水道終末処理場においては、その操業に伴い公害が発生している例のあることが認められるのである。しかしながら、前掲各証拠によるも、既設下水道終末処理場において発生している公害の程度、特にこれによって付近住民等の被る被害の内容、程度は具体的に明らかではないばかりか、前掲各証拠を更に仔細に検討してみると、右認定のように悪臭の発生が問題となった既設の下水道終末処理場の多くは、本件処理場において採られる後記悪臭防止措置が採られていない施設であることが認められ、また、尾西特水は工場排水専用の終末処理場であって、これが、前判示のように、生活排水を主体とする混合処理方式を採り、しかも工場排水については、一日の排水量が一〇立方メートル以下の小工場からの排水のみをその処理対象とする本件処理場とは明らかにその機能・目的・構造を異にするものであることが認められるのである。そればかりでなく、《証拠省略》を総合すれば、本件処理場と規模、処理施設の内容が類似すると認められる神戸垂水処理場においては、特段の公害の発生がみられない状況にあることが認められるのである。そうとすると、既設下水道終末処理場における公害の発生状況から、本件処理場が建設された場合、その汚水処理に伴う公害の発生によって、原告らが、受忍限度を超える被害を被るものとは、到底推認し得ないところである。

2  本件処理場の公害防止対策

そこで、更にすすんで、本件処理場の建設計画に照らし、本件処理場が稼働した場合において予想される汚水処理に伴う公害発生状況について検討をする。

(一)  汚水処理機能

本件処理場においては、標準活性汚泥方式による汚水の浄化処理が計画されていることは前判示のとおりであるところ、《証拠省略》によれば、右標準活性汚泥方式による浄化処理前の汚水の水質は、既設下水道終末処理施設における汚水の水質調査の結果から、そのBOD及びSSが一リットル当り一五〇ミリグラムから二〇〇ミリグラム、そのPH値が七前後、大腸菌数が一リットル当り数一〇万程度と推定され、これに、右標準活性汚泥方式による浄化処理が施される結果、特段の事情のない限り、土岐川に放流される処理水の水質は、一リットル当りのBODが一一ないし一二ミリグラム、SSが二五ないし三〇ミリグラム、大腸菌数が三〇〇〇以下となるほか、そのPH値が七前後となることが予想されていること、そして、右の処理水の水質は、水質汚濁防止法に基づく同法施行令並びに同法に基づき排水基準を定めている岐阜県条令(いわゆる上乗せ基準)が定める排水基準を下回るものであり、右処理水が土岐川に放流されることによって土岐川の水質はほとんど悪化することがないと考えられるのみならず、本件処理場の建設により、従来家庭又は工場から未処理のまま河川に放流されていた汚水が浄化処理を受けた後に放流されるので、土岐川の水質は、これを全体としてみれば相当程度改善されることが見込まれていることが認められる。

もっとも、前判示のとおり、本件処理場は、家庭から排出されるし尿及び生活排水だけではなく、工場排水をもその処理対象とする混合処理方式を採っていることから、原告らは、工場排水中の有害物質の故に本件処理場の処理機能が低下することが危惧される旨主張するので、検討してみるのに、なるほど、《証拠省略》によれば、工場排水は活性汚泥方式による浄化処理に馴まず、これまでにも、工場排水によって、施設の損傷、処理機能の低下、二次公害の発生などの問題事例の生じていることが認められる。しかし、《証拠省略》によれば、本件処理場が処理対象とする工場排水は、主として窯業、土石業関係の事業場からの排水であって、活性汚泥に対する有害性が指摘される重金属類を含む工場排水が処理対象とはされていないこと、本件処理場は、活性汚泥による浄化処理に先立ち、沈澱池を通過させることとされているため、右窯業、土石業からの工場排水中に含まれる無機性浮遊物質は、概ね右沈澱池で沈下し、家庭排水との混合処理に特段の支障はないものと認められ、これらの事実に照らしてみると、本件処理場が混合処理方式を採るからといって、その処理機能が障害され、あるいは低下し、十分な浄化作用が行われず、ひいては、これに前記認定の予想を下回る浄化作用しか期待し得ないとまではとうてい認め難い。

(二)  悪臭防止対策

汚水処理の過程で若干の悪臭が発生することは不可避であることは当事者間に争いのないところ、《証拠省略》によれば、本件処理場においては、汚水処理施設を完全に覆蓋化して悪臭の施設外への漏出を防止したうえ、悪臭が発生する諸設備にはダクトを設置し、吸引ファンによって悪臭を処理場内の脱臭室に集め、イオン交換樹脂及び活性炭をもって脱臭した後にその脱臭気体を施設外の大気中に放出するという操作が行われることになっており、右脱臭方式は最新の技術であって、右脱臭後は、主たる悪臭物質であるアンモニアは五ppb、メチルメルカプタンは一ppb、硫化水素は〇・七ないし〇・八ppb、硫化メチルは〇・七ないし〇・八ppbとなることが予想されていること、右予想値は、悪臭防止法に基づく岐阜県公害防止条例施行規則で定められた規制基準をはるかに下回るものであるし、本件処理場においては、その処理施設の周囲に緑地帯を設けるなどするため、本件予定地の隣接地付近まで、人によって感知されるような悪臭が放散される可能性はないものと見込まれていることが認められる。

また、右各証言によれば、本件処理場における汚水処理によって、一日約四〇トンの汚泥が排出されることが予想されており、この汚泥もまた悪臭源となることは明らかであるが、右汚泥は、覆蓋化された施設内において運搬用トラックに収納された後、密閉状態のまま外部の焼却場まで搬出され、該焼却場において別途焼却されることになっていることが認められるので、右焼却場周辺における悪臭公害等の点はともかくとして、少なくとも、右汚泥を発生源とする悪臭によって原告らが被害を受ける蓋然性はないものというのほかはない。

(三)  騒音防止対策

《証拠省略》によれば、本件処理場における汚水処理に伴い、送風機をはじめとする各種機器類の稼働による騒音の発生は不可避ではあるが、これら機器類は、いずれも施設内に収納されるのに加えて、特に大きな騒音を発するおそれのある機械には消音装置を設置することも予定されているので、これら総合的な音源対策により、右各機器類の稼働による騒音値は、本件予定地境界付近においては四五ホーン程度に減ぜられることが予想されていること、そして、右予想値は、騒音防止法に基づく岐阜県公害防止条例施行規則で定められた規制基準をはるかに下回るものであることが認められる。

(四)  安全対策

最後に、本件処理場の機械類の故障、降水量の増大等の非常事態下における本件処理場の処理機能について検討してみるのに、《証拠省略》によれば、本件処理場には、監視棟が設けられ、これによって集中的に汚水処理状況を監視、管理することのできる体制が採られているために、処理機能の異常にすみやかに対処することも十分に可能であり、さらに、停電の際の自家発電装置など、主要機械類に対する所要の予備系列を完備することによって、処理場内の機械の故障、停止などの事態にも、一応安全に対応しうるものとされていること、また、前判示のとおり、本件処理場は、分流方式を採用しているため、本件処理場全体が浸水するような場合は別論として、降水時に仮に雨水管からの雨水の流入が増大するようなことがあっても、その処理機能には特段の影響のないことが認められる。

(五)  まとめ

以上に認定した事実に徴すれば、本件処理場の建設計画においては、汚水処理に伴って発生が予想される水質汚濁、悪臭、騒音、振動などの公害に対して、一応の防止・緩和措置が講ぜられており、右建設計画に従う限り、本件処理場における汚水処理に伴う公害の発生によって、原告らが受忍限度を超える被害を被ることの蓋然性は、きわめて少ないといわざるを得ず、他に、この認定を覆して、右公害の発生によって、原告らがその受忍限度を超える程度の被害を被る蓋然性のあることを窺わせるような資料はない。

四  本件処理場の建設に伴う水害発生の蓋然性

次に、本件処理場建設に伴う水害発生の蓋然性について検討してみるに、本件予定地は、土岐川と妻木川との合流点に近く、従来から、右合流点においては、土岐川の増水時に妻木川から土岐川への流入が妨げられて、妻木川に滞留、逆流を生じ、その結果、妻木川の支流である前野川が溢水することがあったこと、こうした際に、本件予定地が、事実上ため池となって、原告ら所有土地を冠水から守る役割を果たしてきたこと、そして、被告が、本件処理場の建設に当り、本件予定地に高さ約二メートルの土盛工事を施行することとしていることは、いずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実に鑑れば、本件処理場建設によって、本件予定地が従来果たしてきたいわゆるため池としての機能が失なわれることは容易に推認しうるところである。

しかし、《証拠省略》によれば、近年、右合流点における妻木川の滞留、逆流を防止するために、土岐川の改修工事が施行されているほか、更に、妻木川と前野川との合流点にはすでに樋門が設置され、近く揚水ポンプの設置も予定されていることなど、本件予定地周辺においては、河川改修工事が着実にすすめられており、このことによって、前記各河川の溢水の危険性は漸次軽減されてきていることが認められるので、この事実に照らすと、本件処理場の建設によって、原告らの所有土地に水害の及ぶ危険性が著しく増大するに至るであろうなどとはとうてい認められない。かてて加えて、右各証拠によれば、本件予定地は、本件処理場建設決定以前において、すでに土岐口区画整理組合の行う整理事業によって、その宅地化の促進方が予定されており、したがって、いずれ近い将来土盛工事がなされるべき状況にあったことが認められるので、この事実に徴すると、本件予定地建設に伴い本件予定地に高さ約二メートルの土盛工事がなされるからといって、そのことによって、原告らの権利・利益が違法に侵害されることになるなどとはとうてい認め難いものといわざるを得ない。

五  本件差止請求の許否

そこで、以上の認定事実を前提としながら、人格権並びに土地所有権に基づく原告らの本件差止請求の許否について検討する。(なお、原告らは、本件差止請求の法的根拠として、人格権並びに土地所有権のほか、更に環境権をも挙示するのであるが、環境権に基づく差止請求については、未だその法的根拠並びにその基礎となる環境というものの概念について必ずしも分明ではない点があるのに加えて、本件においては、原告ら各個人が被侵害権利の対象として主張する環境の範囲が明らかとはいえないから、原告らの環境権に基づく差止請求はこれを採用することができない。)本件処理場建設に伴う公害の発生によって、原告らに対して、単に感情的な不快感を与え、あるいは日常生活上受忍すべき程度の被害を与えることが予想されるにすぎないとすれば、このような場合には、原告らの本件処理場の建設差止請求を許容すべきではないことは当然であって、原告らが当裁判所によって右建設差止請求を是認されるためには、原告らにおいて、公害の発生によって、健康を損い、あるいはその居住地を引き続き生活活動の場として利用することに支障をきたすなど、受忍限度を超えるような被害を被る蓋然性のあることを具体的に主張・立証すべき責任があるというべきである。なかんずく、人格権は、その権利の性質上、包括的・概括的な権利であるから、原告らとしては、公害の発生状況並びにこれによって原告らが被るであろう被害の内容、程度を具体的に主張・立証することによって、その人格権の内包するいかなる利益が侵害されることとなるのかを明らかにすべきであろう。しかるに、本件において、原告らは、本件処理場から生ずる公害の程度並びにそれによって原告らの健康あるいは日常生活に波及することが予想される被害の内容・程度について、何らの具体的な主張・立証もしていないばかりでなく、前判示のとおり、本件全証拠を仔細に検討してみても、本件処理場建設に伴う公害の発生によって、原告らが、その受忍限度を超えるような被害を被ることあるべき蓋然性を肯認するに足りる証跡はとうていこれを見いだし得ない。そうとすれば、右公害の発生の故に原告らの所有土地の価格が下落する蓋然性もまたこれを肯認するに足りないものというのほかはない。更に、本件処理場建設に伴う水害発生の蓋然性が肯認するに足りないこともまた前判示のとおりであって、以上を要するに、ひっきょう、本件においては、本件処理場の建設によって原告らがその受忍限度を超える程度の被害を被るであろうことの蓋然性を肯認するに足りる証拠がないから、本件処理場の建設差止を求める原告らの本訴請求を許容する理由はないものというべきである。

もっとも、原告らは、本件においては、被告がアセスメント手続を履践しないまま本件処理場の建設を開始しているのであるから、このような本件にあっては、被告において、本件処理場建設によって原告らにその受忍限度を超えるような被害を及ぼすことのないことを保障するに足りる十分な対策を用意していることの主張・立証を尽くさない限り、原告らの本件差止請求は許容されるべきである旨を主張するのであるが、被告が原告ら主張のようなアセスメント手続を履践してない(この事実は当事者間に争いがない)からといって、そのことの故に、ただちに、原告らが前記の主張・立証責任を免れるものではないことは勿論であって、原告らの右主張は、独自の見解としての評価を免れず、当裁判所の到底左袒し得ないところである。かえって、前判示の事実関係に徴すれば、本件処理場建設に伴う公害の発生によって、原告らがその受忍限度を超えるような被害を被ることの蓋然性はいまだこれを認め得ないものというのほかはないのであって、被告が、本件において原告指摘のアセスメント手続を履践していないことは、なんら原告らの本件差止請求の許否に消長をきたすものではないというべきである。

更にまた、原告らは、本件予定地選択の誤りを主張するのであるが、本件処理場から発生することが予想される水質汚濁、悪臭等が前判示のとおりであって、原告らにその受忍限度を超える被害を及ぼすことの蓋然性を肯認し得ない以上、下水道終末処理場の建設位置の決定は、右建設の主体である被告の行政裁量に属する事項であるから、本件予定地と、他の建設予定候補地、なかんずく、原告らが適地である旨主張する土岐口財産区所有の山林との条件を比較検討するまでもなく、原告らの右主張は失当として排斥を免れない。

六  以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、いずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 服部正明 裁判官 熊田士朗 綿引万里子)

〈以下省略〉

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